ぐんま絹遺産

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絹遺産レポート

 どなたにも投稿いただける県内に残る絹に関する遺産(養蚕、製糸、織物などの建物や場所、お祭り)のレポートです。
 絹遺産レポートは随時募集中です。レポートしてくださる方は、レポートを次のメールアドレス宛てにお送りください。
sekaiisan@pref.gunma.lg.jp


六合赤岩「どむろんち」 2013/10/6
GPWUやまさと応縁隊2013です。私たちは8月20日に六合赤岩の「どむろんち(土室の家)」に行きました。ここは、養蚕最盛期の昭和30年代に稚蚕飼育所として使用されていたところです。「どむろんち」の「どむろ」とは、土で建物の周囲を塗り固めてつくったむろのことを指しています。実際にこの「どむろんち」の壁面を外からぐるっと見てみると、その名の通り土で塗り固められてます。これは、お蚕さんのための温度調整をするのに、とても適したつくりなのだということです。私たちのフィールドワークも、真夏の暑い時期に行いましたが、この建物の中での作業では、むし暑さがそれほど気になりませんでした。
現在この「どむろんち」は、養蚕・座繰り・機織り・組紐の体験施設として活躍しています。8月20日も五齢になった大きなお蚕さんが桑をさかんに食べていました。私は今回のフィールドワークの前に、養蚕や製糸に関する予習を行いました。そのときは、お蚕さんが、私の苦手としている虫であるということが気になって仕方ありませんでした。しかし実際にどむろんちでの作業を進めていくにつれて、お蚕さんが虫である、ということは気にならなくなっていました。養蚕にたずさわってきた人々はこのように、生活の中に常に「蚕」という存在があり、大切に育ててきたのだということが、生活実感としてよくわかりました。
writer:きむ@GPWUやまさと応縁隊2013

六合赤岩「どむろんち」で体験した真綿かけ 2013/9/17
8月19日から21日に重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に認定されている、六合赤岩地区に行きました。私たちはこの地区にある、「どむろんち」という施設で養蚕・製糸・織物の過程を体験しました。この「どむろんち」は、土壁でできており、養蚕に適したつくりをしています。かつては稚蚕飼育所に使っていたというこの空間での活動は、当時の暮らしぶりを思い起こさせてくれます。
「どむろんち」での真綿かけについて少し。真綿かけでは、一つの繭に蚕が二頭(この~頭と蚕を数えるところも非常に興味深いですね)入ってしまった「タママユ」と呼ばれる大きな繭を使用します。繭から糸をひくには、糸が切れないよう1本でひくため、蚕が二頭はいってしまったタママユは出荷しなかったそうです。重曹を入れたお湯で1時間くらい煮て柔らかくしてから手で解し、蛹を繭から出します。解す方向も決まっています。蛾が繭から出てくる方向をうまくみつけて指で解したら、ぐいぐいっと広げて蛹を取り出します。蚕ってすごいなあ…と、感動です。その後、枠にかけられる大きさまで繭を広げて木の枠にかけていきます。この作業を何度も繰り返して、乾かすと完成です。最初は蛹を手でつかむのか…と不安でしたが、いざやってみると平気なもので、最後には蛹が可愛く感じました。何度も挑戦したくなります。素敵な体験をさせていただいた六合の方に、感謝。
writer:きた@GPWUやまさと応縁隊2013

六合赤岩「お蚕さんの里」で見た「おべんとばこ」 2013/9/12
GPWUやまさと応縁隊2013です。8月19日~21日に六合赤岩「お蚕さんの里」を訪問しました。そこで見学した、ある大きな養蚕家屋。その一階は人の居住空間で、二,三階がお蚕さんのための空間となっており、人とお蚕さんが共に暮らしていたということを強く感じられました。現在は三階建てですが、かつては四階まであったそうです。その建物の中で、写真に写っているものを見つけました。「おかいこさんのおべんとばこ」。そのお宅の方に、これは何なのかをうかがったところ、お蚕さんの食べる桑を入れておくものだ、とのこと。桑は「えさ」ではなくて「ごはん」で、ごはんを入れておくものは「おべんとばこ(お弁当箱)」だから「おかいこさんのおべんとばこ」。このことばの選び方に、赤岩地区の人々のお蚕さんに対しての親しみを感じて、私は感動しました。こういった、人とお蚕さんが寄り添って生活していた証のようなことばの数々は、絹文化に関して何も知らなかった私にとって非常に珍しく、魅力的です。六合地域の「宝もの」と言えるのではないかなと思いました。六合地域にはこの他にも、人と自然が共生していると感じられるものがたくさんあります。現地に赴くことで感じる、どこが懐かしさを覚えるようなぬくもりをぜひ皆さんも。
writer:きく@GPWUやまさと応縁隊2013

赤岩ん家 2013/9/10
GPWUやまさと応縁隊2013です。
 8月19日~21日、私たちは六合赤岩地区にある「お蚕さんの里」を訪問しました。
養蚕に関わる多くの建造物があり、楽しく散策することが出来ました。その建造物の中に、とてもユニークで素敵な名前を持つ施設があったので、紹介します。
 「お蚕さんの里」に着くと、まず目に入るのが「赤岩ん家(あかいわんち)」と書かれた看板をかかげた施設。ここでは、養蚕に使用していた道具などが沢山展示されています。「赤岩ん家」という名前、温かくて、どこか懐かしく優しく響きませんか?実は、名前にある「-んち(家)」ということばは、紛れもない方言なのです。「おばあちゃんち」「友達んち」などのように使いますよね。
 「-んち(家)」と聞くと自然とくつろぐ事が出来そうな、柔らかく温かいイメージがわいてきませんか。この様な身近な方言を、施設の名前に使うというのは、本当にユニークで素晴らしいアイデアだなと感じます。
 建物自体も、味のある作りで、訪れた人を優しく迎えてくれます。「おばあちゃんち」や「友達んち」に行く時のように気軽に訪れてみてはいかがでしょうか?
writer:みず@GPWUやまさと応縁隊2013

六合赤岩「お蚕さんの里」 2013/9/2
私たちは群馬県立女子大学「やまさと応縁隊」です。通称「GPWUやまさと応縁隊2013」です。群馬県農政部農村整備課の企画「平成25年度やまさと応縁隊」に採用され、六合地域(現中之条町)と大学を行ったり来たりして活動中です。私たちの応縁テーマは、六合地域の絹文化に関する方言を、地域の「宝もの」ととらえ、それを使って、六合の地から、六合の地を発信しようというものです。
 絹文化の方言を知るためには、まずは絹産業と、それが展開する地域を知ることが必要だと考えています。このHPにある「ぐんま絹遺産データベース」に、「六合赤岩養蚕農家群」があります。ここは、通称 六合赤岩「お蚕さんの里」と呼ばれ、地域全体が絹文化の展開する空間となっています。そして、その空間で絹文化を育んできた産業を、今でも体験することができます。
 私たちは、8月19日~21日に、その「お蚕さんの里」を訪問しました。19日は、六合地域のみなさんに向けて、私たちの予習の結果を発表しました。山本今朝吉さん(中之条町六合支所長)、篠原辰夫さん(赤岩重伝建群保存活性化委員会会長)をはじめ、六合地域のみなさんにお話しを聴いていただきました。さらに、赤岩地域を散策。安原義治さん、関駒三郎さんの説明を受けながら歩きました。20日は、「稚蚕飼育所蹟」、通称「どむろん家」で、養蚕、座繰り、真綿かけ、機織り、組紐の体験しました。講師は、日ごろ「どむろん家」で体験学習を開催している「赤岩 絹糸の会(代表 関克子さん)」のみなさん。そして、特別に、狩野寿作さん(大日本蚕糸会蚕糸絹業提携アドバイザー、元群馬県農政部絹主監)と、行松啓子さん(Kぷらんにんぐ、六合在住の織物作家)にも講師をお願いし、活動に加わっていただきました。写真は、「どむろん家」を背景に、できあがった〈座繰り糸〉〈真綿〉〈コースター〉〈組紐ストラップ〉を手にしての1枚です。赤岩地域のみなさん14名、出張してくださった講師のみなさん2名、わたしたちやまさと応縁隊9名、総勢25名で、にぎやかに、かつ、たのしく勉強しました。絹文化を育んできた地域空間の中での体験学習では、心の奥深くにまでしみわたる感動を味わいました。
 この体験をもとにして、9月5日からふたたび六合地域へ。絹文化に関する方言の収集をおこないます。
writer:けんじょこくぶん@GPWUやまさと応縁隊2013

重伝建のまち桐生 2012/8/7
7月27日(金)、群馬県で2番目の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に選定されたばかりの桐生本町1・2丁目と天満宮地区での学習会を行いました。 9時半、見学場所の一つである桐生市のベーカリーカフェ「レンガ」に集合し、朝から暑い一日を予感させます。 今回の案内は、NPO法人「桐生再生」の2名のガイドにお願いしました。 出発前に熱中症への注意喚起し、2班に分かれて出発しました。 最初は、桐生の町作りの起点となった桐生天満宮を訪れました。 1591(天正19)年桐生新町創設にあたり、現在地に鎮座されたと伝えられているそうです。 社殿(県重文)の外壁には華麗で精巧な彫刻がほどこされており、本来の極彩色が、年数の経過で大分色あせた状態になっていますが、 原状回復に莫大な費用がかかるとのことでした。 続いて、道路を東に渡った群大工学部同窓記念会館を訪ねました。 1916(大正5)に竣工された桐生高等染織学校の講堂と本館玄関の一部が残されていて国登録有形文化財に指定されています。 木造2階建で瓦葺きの趣のある内・外観のため、映画やテレビドラマのロケ、モード雑誌の撮影等によく使われるそうです。 この後は今も220棟余りのノコギリ屋根工場が残っているという桐生の代表的な工場を数カ所回りました。 まずは旧金谷レース工業で、1919(大正8)年建築ですが、今では桐生で唯一残るレンガ造りのノコギリ屋根工場建物となってしまいました。 国の登録有形文化財に指定されています。廃業後、地元のパン屋が土地・建物を買い取り、落ち着いた雰囲気を生かしたベーカリーカフェとして平成20年にオープンしました。 次は市内で唯一の鉄筋コンクリート造のノコギリ屋根工場の旧住善織物工場です。 ここは個人への工房として賃貸されていて、次の大谷石造りのノコギリ屋根工場は旧齋憲テキスタイル工場で、その保温性の良さを活かし、 現在は、ワイン貯蔵庫として利用されています。 次に現在も婦人服地・カーテン地の製造を行っている金子織物、そして当初は帯などを製織していましたが現在は金襴を駆使した全国各地のお守り袋用生地を製織している岩秀織物を訪問しました。 ここでは、工場できらびやかな生地の製織風景を見た後、参加者はきれいな財布やお守りなどを買い求めていました。 暑さの中、午前の見学が終わり昼食場所の「レンガ」に入ると、その涼しさに皆さん生き返ったようでした。 パンを中心としたサラダ・ドリンク・スープセットを摂りながら話に花が咲いた一時でした。 午後は車で「旧矢野蔵群」を活用した「有鄰館」に行き、そこから本町2丁目・1丁目の代表的な建造物を訪ねました。 現在は花屋として営業されている1685年(享保年間)創業の旧書上商店は、桐生最古の買継商であり、豪商の面影を偲ばせる建造物です。 続いて外壁に大谷石を使用した美しい姿の旧曽我織物工場(国登録有形文化財)を見学。 次に天保年間に北川織物として創業し、現在はノコギリ屋根の建物を芸術家集団の創作活動の場として提供している「無鄰館」を訪ね、 北川会長の世界遺産への熱意などを伺うことができました。ここも国登録有形文化財です。 毎月第1土曜日に開かれる「買場紗綾市」の通りも見学しました。重伝建を目指し十数年に渡る活動が見事に実った桐生ですが、 その中心となって活躍された森壽作氏の森合資会社は白磁タイルを張った擬洋風の建物で、隣接している店蔵との和洋が一体化している大正期の素晴らしい建築です。 国登録有形文化財に指定されています。昨年の東日本大震災による被害は大きく、応急修理は施されていますが、重伝建の選定を機に原状回復が待たれます。 毎月第1土曜日の買場紗綾市に合わせて、伝道師協会の東毛支部が伝道活動をしていますが、森さんのご好意でこの建物を拠点としています。 ここで全行程が終了し解散となりました。 猛暑の中を精力的に回られた参加者の皆さん本当にお疲れ様でした。 「桐生再生」のガイドさんには、暑さに対する休憩場所の配慮もしながらのガイドで大変お世話になりました。
writer:お鈴ちゃん

上毛モスリンに行ってきました 2012/4/27
初めまして。ぐんま絹遺産のひとつの旧上毛モスリン事務所に行ってきました。場所は館林の市役所のそば。隣には自然主義の巨匠、田山花袋の旧居があります。なんだか明治の雰囲気を感じます。聞くところによると、AKB48の前田敦子さんも撮影ロケに来たとか。展示にはその時のセットや写真もありました。明治時代の洋風建築を楽しみたい方、ロケのセットを見たい方、是非モスリン事務所へお越し下さい。
writer:レポーター1

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